ゆっくり休んでからだを感じていると
痛みが出てくることがあります。
その痛みは悪くない。
からだの痛みは
麻痺させたままでは気づくことができなかったから
からだの時間を持つことで
痛みが出てくることができた
痛みが出てくる余白ができた
そんな感じでしょうか。
だから、痛みと一緒にいてあげる時間は
とてもとても大切で
痛みをなくそうとかしなくていい。
* * *
この数日、横のつながりをとても大切にしています。
こんなにも仲間というのが心強いものかと感じています。
私は基本的に一人職場もしくは
誰かに教えたりカウンセラーとしての立場でいる時間が大半を占めます。
だから、頼るとか仲間で支え合うとか
そういう環境とは程遠いところで生きているような気がしていました。
それが、いろんな肩書きを置いて対等に人と話すことができると
何かになろうとしなくてよいのは、からだがゆるゆるになります。
私の中にある痛みを話したら
みんなの痛みと共振して
無くさなくていいそれは愛しい痛みになりました。